講師インタビュー 矢沢 久雄「楽しいと思わせたら講師の勝ち」

研修で「何を学ぶのか」も重要ですが、 「誰から学ぶのか」も重視される時代。SEプラスの研修で登壇する講師がどんなことを思いながらコースを実施しているのか、講師にインタビューしています。
今回は PLUS DOJO や SE カレッジなど、年間 100 回以上登壇される 矢沢 久雄 さんです!
コンピュータ書では異例の 20 万部を超えるベストセラーとなった「プログラムはなぜ動くのか」(日経 BP 社刊行) をはじめ、わかりやすさで定評のある文章と解説でこれまでの著作はナント 100 冊以上! 研修でもその “わかりやすさ” で人気の矢沢さんですが、意外にもそのデビュー 1 年は「鼻っ柱が強い、ダメ講師」だったとのこと。
そんなデビュー時のお話から、現在のソフトウェア芸人と言われるほど「わかりやすい」研修を生み出すためのこだわりをインタビューしました。 ぜひご覧ください !!

大手電機メーカーで PC の製造、ソフトハウスでプログラマを経験。独立後、現在はアプリケーションの開発と販売に従事。
そのかたわら、書籍・雑誌の執筆、またセミナー講師として活躍。執筆した「プログラムはなぜ動くのか」(日経 BP 社刊)がコンピュータ書では異例の 20 万部を超える大ヒット。 軽快な口調で、わかりやすい、のせるのが上手い自称ソフトウェア芸人。
インタビュアー: SEプラス 寺井 彩香
自称ソフトウェア芸人と名乗るようになった理由
―― 矢沢さんの IT との出会いはどのようなものだったのですか?
その卒業研究を経て、コンピュータ好きになったはいいのですが、 ただ自分のパソコンはありませんでした。 当時、パソコン本体とソフトで一式 100 万円ぐらい高価だったものですから。
そこで、たまたまパソコン工場の求人募集があったので、社員割引で安くなるのではと思って、そのメーカーに就職しました。 入ってみると、社員割引はなかったのですが、毎日作っていると欲しいと思わなくなりました。
―― そんな邪な動機で就職されたのですね(笑)
動機が動機(笑)だったので、すぐに辞めて、ソフトウェア開発会社に転職することになりました。 それでも、今思うと、コンピュータを作る機会は滅多に無いので、その中身が知れたことはよかったですね。 こんな簡単な仕組みで動いているのか、といろいろ発見があり、愛着も湧きました。
―― その会社を経て独立されてから、どのようなきっかけで講師を務めるようになったのでしょうか?
40 歳のときに知り合いの講師から、「講師の募集をしているから、面接にいかないか」と誘われたことがきっかけです。
ただ、講師なんてやったことがないし、面接で話してみてくださいとか言われたら嫌だと思って、断ろうとしていました。 それでも「大丈夫、やってみろとか言われないから。 “何の試験に受かってますか?” ぐらいしか聞かれないから」と言われて行ったら、本当にそれだけしか聞かれなかったのです。
当時、情報処理技術者試験は 2 種、 1 種、特種、システム監査しかなく、またソフトウェア開発会社にいると取得を勧められるので 1 種までは取得していました。 そう答えると「では、何日から始めましょうか?」と話が進んで驚きました。
やったことないけどいいのですか?と聞くと、その研修会社の担当者さんから「誰でも最初は初めてですから」と言われて気が楽になって講師を始めました。
考えてみれば誰でもそうですよね。 講師はそうしないと生まれないものです。
―― とてもよい一言ですね! 講師を始めた当初から “ソフトウェア芸人” と言われるほど、楽しい研修をされていたのでしょうか?
当時はソフトウェア開発者として絶対の自信があったので、どんな内容や質問が来たって、自分にわからないものはないと思っていました。 だから研修をするのに、全く何も用意していませんでした。 どんな教材を渡されようが、自分はその場で対処できると思っていたんですね。 自信満々に研修をしていました。
今思うと、これはよくないですね。 そんな講師に来てほしくないですよね。
―― 全くの準備無し … ですか !? どのように研修を進められたのでしょうか?
その場で内容を理解しながら進めていて、説明が始まると、これがまた長くなるのですよ。 また聞かれても、その場で調べているから時間がかかります。 当時の研修を受講された方にはとても申し訳ないと思います。
これではダメだと思ってですね、 1 年ぐらいでソフトウェア開発と講師は分けたほうがよいと思うようになりました。 そこで講師は “芸事” だと思うようにして、自己紹介するときも「ソフトウェア芸人」と名乗るようにしました。
―― “自称ソフトウェア芸人” という肩書はそれから生まれたのですね!
それからソフトウェア開発者モードと、芸人モードをわけて対応するようになりました。 自信満々になってしまうのは多くのソフトウェア開発者上がりの講師が陥ることかも知れませんね。

講師は完全に個性の世界。 人のテクニックはマネできない
―― 矢沢さんは落語家さんのような独特な口調でお話されますが、どのように身につけたのですか?
これはマナーからですね。 話しぶりを追求するのは講師のマナーだと思っています。 まず、しゃべって伝える仕事だから、小さな声は絶対ダメですよね。 もちろん、何を言っているのかわからないのもダメです。
その上で、絶対にこれを伝えたいと思って話しているうちに、こういうしゃべり方になったんじゃないかなと思います。
落語家さんの話し方に似ていると言われましたが、まさしくあの方たちこそ、話す内容を伝えたいと思って、自然とああいう話しぶりになるのだと思うので、それと同じですね。
―― 何かマネして、今のようは話しぶりになった訳ではないのですね
これはこれから講師になろうとする方へのアドバイスでもありますが、人のマネはできません。 絶対にその人になれませんから。 講師は完全に個性の世界です。
例えば、たまに研修会社さんが主催する勉強会があって、他の講師の方の研修を受講すると、こういうやり方は楽しくていいなぁと思うこともありますが、それと同時に自分にはマネできないなぁと思います。
―― なるほど、研修の進め方やテクニックも講師の個性ということですね。 確かに矢沢さんのマネはできない気がします。
では、テクニックではなく、矢沢さんが研修でこだわっていることを伺えますか?
言葉の意味にこだわるようにしています。 どうして、この言葉になったのか、何の略なのか、世の中には本や Web 記事などいろいろな資料がありますが、説明が少なすぎると感じます。
言葉の意味がわかるのが大前提ですから、それがわからないとつまらなくなってしまいます。 初心者の方向けのときは特に気をつけないといけません。
具体的な例を挙げると、プログラムとはどういう意味か、セキュリティとは、などです。
ちなみに、セキュリティの語源は、ラテン語で「セ(避ける)」「キュリティ(心配事)」という意味です。 これがわかると、セキュリティの本質とは「心配事を避ける」ということがわかります。
略語では “SMAP” を例にして話していました。 今はもう解散したので、例にすることはありませんが、 “SMAP は Sports Music Assemble People の略なんだよ” と伝えると「なるほど、わかった!」となりますよね。 … うーん、わからないかな(笑)。
―― (笑)スポーツと音楽だけじゃなかったですものね。
関連した質問になりますが、最近、研修で意識し始めたことがあれば伺えますか?
最近と言うと … 、言葉だけじゃなく「そもそもどうだったのかを調べること」を伝えています。 テクノロジーが年月を経て、いろいろな切り口の解説が増えて掴みどころがないようになっているものがあります。
例えば、オブジェクト指向。 喧々諤々、お前の言っていることは違うという応酬など、いろいろな議論が出ていますが、発明者が言ったことが正しいのです。
根本的に誰がどのような趣旨で言っていたのか、それを理解すると、なるほど、そうだったのか、とわかります。
―― オブジェクト指向は議論が多いですものね
あとは最近だと「英語の資料を見ること」も伝えるようになりましたね。 ちなみに、私は英語が苦手ですからね、英検 3 級で TOEIC は 400 点以下ですから(笑)。
IT の中心はなんだかんだ言っても英語圏なので、英語の資料が一番信頼が持てます。 それが翻訳されて、もとの意味から曲がっているときもあるのです。
“つまり、こう言っては失礼かもしれませんが、「インテグリティ( integrity )」を「完全性」と訳したこと自体が不適切だったのです。”
矢沢さん執筆の 「暗記しない用語の覚え方|過去問の解き方知りたいぜ | 基本情報技術者試験 受験ナビ」 より引用
Wikipedia でも english のページがあるので見てみると、そもそもと違う、というケースがあります。 いまは自動翻訳が進んでいる時代なので、英語が苦手でも調べられるようになりました。 日本語の訳がピンとこないときには調べてみると良いと思います。

楽しいことが学ぶ原動力になる
―― IT を学ぶ人が増えていますが、初めて学ぶという人には何を勧められますか?
初学者はプログラミングから始めるのがいいですね。 理由は楽しいからです。 楽しくないと続けられないですよ。 言葉を丸暗記するみたいな学習はつまらないですから。
昔はハードウェアも部品を集めて作る、ということができて楽しかったのですが、今はそういう時代ではありません。 その代わり、昔はソフトウェアを作るツールに 20 万円 30 万円かかっていたのが、今は無料でできますからね。 プログラミングを足がかりに広げるような学び方がいいですよ。
―― 私はプログラミングをやったことが無いのですが、私が始めるとすると、どの言語がよいでしょうか?
プログラミング言語は出会いの要素が強いと思います。私の場合は Basic です。
初期のパソコンは起動すると Windows ではなく Basic が立ち上がるものだったのです。 そうすると画面には OK と出るのですね。 これは Basic の命令がかけるようになったよという意味で、 FILES
と入力するとファイル一覧がでて、それで数行書いていくとプログラムになったのです。
パソコンと出会ったときにあったのが Basic だったので、そのまま Basic を書くようになりました。
研究のときは C 言語で、それはたまたまその研究室で使っていたからですし、何かに飛び込んで、たまたまそのときに出会った言語を学ぶのがよいのではないでしょうか。 そもそも経験がないと選べない訳ですからね。
―― 確かに選べませんね(笑)
それでも勧めて欲しいと言われるなら、基本情報技術者試験で採用されている言語は一般的なので、 C 言語、 Java 、 Python 、アセンブラ、 … あと表計算も入ってますよね。 表計算のマクロを作るというのも立派なプログラミングですから、この中から選ぶのが無難じゃないかなと思います。
―― ありがとうございます! 私も出会うところから始めます
そう、出会いなのですよ。 よし、この言語やろう、というのでは楽しくないものですから。
―― 楽しさというと、矢沢さんはプログラミングでどのようなことを楽しく感じてらっしゃるのですか?
プログラムを初めて作って動いたときに「勝った!」という気持ちになったことですね。
―― 「勝った」 … ですか?
“コンピュータが初めて言うことを聞いた” という感じです。 自分の考えでコンピュータが動く訳ですよ。 プログラミングもやっぱり “ものづくり” ですから、その喜びがあります。 上手くなると、コンピュータと対話する感じになるのも面白いところですね。
―― 矢沢さんは新人研修でも “「動いた!」という喜びを感じて欲しい” とおっしゃっていますものね
全員に伝わるかはわかりませんが、楽しいと思えたら、どんどん伸びていきますから。 言語構文がどうのこうのというよりも、その楽しいという気持ちが芽生えるかどうか、そっちのほうが重要です。
むしろ、受講している人に「楽しい」と思わせられたら、講師の勝ちですね。
―― いいセリフです! 今日は貴重なお話、ありがとうございました!
ありがとうございました。

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もともと専攻は機械工学で、それまで IT とは縁はありませんでした。 その卒業研究で、たまたまコンピュータと機械の融合、いわゆるメカトロ * をテーマに C 言語を始めたところ、周りの先輩たちがやさしく教えてくれて、それでプログラミングがわかるようになったのです。
*メカトロ: メカトロニクスの略。 メカ (機械) + エレクトロニクス (電子) を組み合わせた造語