DX人材 社内資格導入のポイントは「今までの職種を否定しないこと」|日立製作所の社内資格制度 DX へのアップデート方法
IPA の IT 人材白書 2020 によると、 DX による IT 人材の多様化に伴い、社員のスキルの把握に「自社の独自基準」を挙げる企業が増加しています。 この社内資格制度を深掘りすると、企業の育成への想いや大事にしていることが見えてきます。
今回は 日立製作所 さまに、 DX人材 育成に対応した社内資格制度のアップデートや育成方法をインタビューしました!
今から 5 年以上も前、 2016 年 4 月の中期経営計画のスタートから DX人材 育成に本格的に取り組まれ、社内資格制度もいち早くアップデートされました。 そのアップデートのコツを伺うと、意外にも 「転換 トランスフォーメーション」ではなく「足す アドオン」 する感覚が大事、とのこと。
DX人材 育成へのヒントが一杯つまったインタビューとなりました。 ぜひご覧ください!
株式会社 日立製作所 デジタルシステム & サービス統括本部 プロジェクトマネジメント統括本部 IT 人財マネジメントセンタ センタ長
株式会社 日立製作所 人財統括本部 デジタルシステム & サービス人事総務本部 人事企画部 タレントディベロップメントグループ 部長代理
もくじ
日立製作所の社内資格制度「 CIP 」は社外にも通じる
―― まずは日立製作所さんの社内資格制度について、概要を伺えますか?
この中で CIP 制度はレベル 4 シルバーレベルから認定しています。
認定までの大まかな流れは、
- 事業部(グループ会社含む)からの推薦で対象者がエントリー
- 職種別審査委員会がスキルとキャリアで審査
- 資格は 3 年間で更新
となります。
―― 前回取材した野村総合研究所さんの社内資格制度では、この図のレベル 5 、6 相当のハイエンドを認定するものでしたが、日立製作所さんはまた違ったお考えをお持ちなのでしょうか?
トップレベルだけでなく、レベル 4 以下の人材も把握したい・見える化したい、という目的が一つにあります。 これは中期経営計画から人材育成計画がスタートしているため、その目標と達成をできるだけ見える化したい、という背景があります。
また人材育成施策を対外的にも発表しやすくなります。
―― よく「◯◯◯◯人 育成」という日立製作所さんのニュースをよく見るのは、こういう背景があったのですね
他にもレベル 4 から認定している理由があり、あまりハイレベルだと、若手のような人からすると遠すぎて、たどり着くことを諦めてしまいますので(笑)。
―― (笑)背伸びするぐらいがちょうどよい目標と言われますものね
また「見える化は “会社” だけがメリットあるのでしょ?」と言われがちです。
日立の場合は、 ITSS レベル診断を例に取ると、個人にも診断結果が表示され、さらに次のレベルにたどり着くまでの研修コースまで提案されるので、社員のスキルアップにも役に立っています。
―― それは便利ですね!
一方で、この CIP 制度は情報処理学会の CITP 企業認定を取得されていると伺いました。 社内資格なので独自評価でも良いとも思うのですが、なぜ外部の認定を取られたのでしょうか?
社内資格でいくらプロジェクトマネージャ レベル 5 相当といっても “日立社内の基準でしょ” と言われてしまいます。 そこで情報処理学会の CITP の認定を受けることで、第三者視点が入り、「私はプロジェクトマネージャ レベル 5 です」と胸を張って言えます。
ISO などの規格と同じような考え方で、もちろん 5 年に 1 回 CITP の審査が入り、厳格に査定されています。
―― なるほど! 社内資格が社外にも使えるのは、会社や認定者にとってもメリットが大きいですね!
では、その CIP 制度の効果を “見える化” すると、どうだったのでしょうか?
社内基準ではありますが、プロジェクトの成功率が上がっていますので、これには CIP 制度の導入も効果があったと考えています。
DX 人材育成で注意すべきは転換ではなく、「足す」という意識
―― では、今日の本題になりますが、 DX によって新しい人材が必要とされています。 DX 人材として、 CIP 制度にどのような人材を追加されたのでしょうか?
まず、その DX とは何か、日立では「 DX は OT (オペレーショナルテクノロジー) と IT の間にあるデジタルイノベーション」と定義して、そのプラットフォームとして Lumada (ルマーダ) を立ち上げました。
その Lumada を支える人材として、主に 3 つの職種 デザインシンカー / データサイエンティスト / セキュリティスペシャリスト と、 2 つの領域 ドメインエキスパート / エンジニア などを挙げて、 3 万人の規模まで「増やす」「育てる」ことを決めました。
―― ドメインエキスパートとはあまり聞きませんが、どのようなものでしょうか?
デザインシンカーやデータサイエンティストの前に、お客様のフロントに立つ人が必ずいます。 例えば、プロジェクトマネージャであったり、様々な職種がそれにあたります。 そういった方々を職種でなく、領域として含めました。
―― それには、どのような意図があるのでしょうか?
例えば、 “プロダクトマネージャ” といった名前に変えてしまうと、今までの中にもそれと同じ、もしくは近しいことをやっている人がいます。 そうすると、ああでもないこうでもないと論争が起こってしまいます。
また、現場から今までのことを全否定したとも捉えられかねません。 スピーディに浸透させたいという背景もあったので、否定に繋がるようなことは避けました。
―― なるほど! 確かに新しく変えようとすると、抵抗は必ずありますものね。 他にも DX 人材対応のアップデートで工夫された点はございますか?
昇格昇給といった人事評価とは結びつけず、いくつ社内資格を取得しても OK にして、マルチタスクを推奨したことです。
―― マルチタスクですか … 。 これはどのような意図でマルチタスクを推奨されたのでしょうか?
これまでプロジェクトマネージャを中心に育成してきましたが、これからも無くならない職種として否定せず、その上で、そのスキルを持ったまま、データサイエンス / デザインシンカーなどの素養をアドオンしてください、という意図でした。
そう、「転換」ではなく「足す」感覚で捉えて欲しいというメッセージを出したということですね。
―― なるほど!!
そこで、気軽に「もう一つやってようか」と思ってもらうために、デザインシンカー / データサイエンティストはハードルを下げ、レベル 3 ブロンズを用意し、研修を受講しただけで取れるようにしました。
―― そういう意図だったのですね! とはいえ、 IT エンジニアというと一本の道で行きたいという方も多いように思いますが … ?
そもそも現場の IT エンジニアで、本当の意味でシングルタスクでやっている方はいなくて、プロジェクトマネージャをやりながら IT アーキテクトをやったり、他のことをやっているというのが実態です。
もちろんスペシャリストもいますが、日立にはある職種でレベル 5 で、他の職種でもレベル 4 といった人が一杯います。 もともと ITSS スキル診断でも 2 つ 3 つ選ぶ人が多いのですね。
―― なるほど! それは私の印象ですが、日立製作所さんならでは、なのかも知れません
お客様からの仕事のいただき方が影響しているかも知れませんね。
お客様から色々なことを聞かれるので、それに応えているとマルチタスクになって、それが特に DX になって強く求められるようになったと考えられます。 「 DX 時代になってマルチタスクが必要とされている」と声を挙げたのは現場からでしたし。
確かに、日立には大きなお客様で、かつ長いお付き合いのお客様が多いので、フロントにいる IT エンジニアやプロジェクトマネージャ、営業も長いお付き合いになるので、お客様の移り変わるニーズや課題に合わせて、スキルを追加していかなければなりません。 マルチタスクは日立の特色かも知れませんね。
人材育成は事業ニーズありきで考える
―― 追加されたデータサイエンスやデータサイエンティストといった職種になるための研修はどのように作られたのでしょうか?
先程、触れた職種別の審査委員会が育成までの責任を負っているので、その委員会と教育研修を担当するグループ会社の日立アカデミーが共同してコース開発にあたりました。
―― それは特徴的ですね! とはいえ、新しい職種だけに難しいことも多かったのはないでしょうか?
研修をトライアルで試すことも OK したこともありますが、研修を職場発信で作ることには慣れているので、それほど困るといったことはありませんでした。
―― 職場発信で研修を作る、とは、他ではあまり聞かないように思います
もともと日立の人たちは「教えるのが好き」(笑)だからですね。 教えることに熱心な文化があるとも言えるぐらいです。
確かにそうかも知れません(笑)。
その文化があるので、デザインシンカーの場合も研究者やトップレベルのスペシャリストが集まった審査委員会が熱心に議論して、レベルも、そのレベル到達に必要なトレーニング要素も設定しました。
そのトップレベルのデザインシンカーが集まる職種別委員会が用意した “高速道路” に乗って、レベル 3 まで到達できるようになっています。
―― それは安心して乗れますね! その職種別審査委員会を中心とする制度設計は CIP 制度の最初からだったのでしょうか?
最初からですね。 もともと社内認定資格を構築するにあたって、網羅的にすべての人を認定するのではなく、まずは事業ニーズがあるところで作る、ということが決まりました。
先程の通り、中期経営計画で事業ニーズとして伸ばしたいところ、例えば、セキュリティで “3 年後にセキュリティスペシャリストが 1000 人必要” と決まったとします。
すると、セキュリティ専門部署がどれぐらいの方を対象にするのか策定して、認定のレベルやトレーニングを決めて、こういう社内資格を作りたいと手を挙げるようになっています。
なので、日立の社内資格は今でも ITSS に挙げられている職種をすべてカバーしている訳ではありません。
―― たしかに現場が育てたいと思わない限り、育たないですものね
DX 人材育成は、まず DX で何をしたいか、それを決めて握ること
―― DX 人材に対応する社内資格制度のアップデートにあたって参考にしたものがあれば、伺えますか?
データサイエンティストの追加にあたっては、データサイエンティスト協会が作っているものに合わせるようにしました。 そこで “独り立ち” レベルや “棟梁” レベルといったものを決めていたので、 ITSS のレベルでどれぐらい相当になるのか、そこはあわせるようにしていました。
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もう一つのデザインシンカーの場合は、 i コンピテンシ ディクショナリ iCD にスキルとタスクが定義してあるので、それを参考の一つにしました。
―― iCD は幅広い職種をカバーしてますね。 ほかに CIP 制度で参考にしているものはあるのでしょうか?
ITSS レベル診断を導入する時には スキル標準ユーザー協会 SSUG などを参考にしました。
今は IT 以外の職種についてもレベル診断ができるように進めています。 その際は、日立アカデミーに診断ロジックや職種の中の分類方法などノウハウがあるので、そのコンサルタントと相談して素案を作成し、専門部署と半年間ぐらい協議して追加しています。
振り返ると、社内資格の拡大や制度構築にあたっては、コンサルタントや有識者などを頼る、もしくは既存のものがあると使いやすく、進めやすくなりますね。
―― 貴重なリソースや進め方の紹介、ありがとうございます!
まだまだ社内コミュニティの活用など伺いたいところなのですが、終了が近づいているので、最後に DX 人材育成に取り組むトレタンへのアドバイスを伺えますか?
DX はスコープがとっても広いので、人材育成と言ってもデザインシンキングやデータサイエンス、はたまた AI なのか、さらに Python 、クラウドなど特定技術をターゲットになることもあるでしょう。
そうすると、 DX の何もかもを進める、ということはできないので、まずは事業ニーズが何か、もしくは、会社はどこに進みたいのか、など、最初のスタートを決めるところから始めましょう。
もっと言うと、「 DX 人材のスキルって何?」っていうのを決めるところからですね。 日立の中でもこれは喧々諤々、しょっちゅうやってます
例えば、日立の場合は、 DX の社内資格を立ち上げる際に特定分野の技術というより、これからの事業ニーズで人数が沢山必要(ボリュームゾーン)なところから始めました。
また、そういった事業ニーズ駆動だけでなく、データサイエンティストのように、とっかかりやすいとこから始めるというのも一つの選択です。 もちろん新しい職種ではなく、既存の職種を DX 対応するというのでも OK でしょう。 例えば、クラウド時代の IT アーキテクトを再定義するというのも手です。
―― 追加するだけがスタートではないというのは卓見ですね!
では、小野さんからもお願いします!
後藤の話に挙がったように、 DX と一口に言っても皆さん、結構いろいろなことをいって、何を言っても正解ですし、何を言ってもなかなかみんな納得しないものです。 そうなると、制度構築にあたっては「誰と握るか」というのはとても重要になります。
―― 何事にも通ずる話ですね。 ちなみにこの DX 人材のアップデートでは、どなたと握ったのでしょうか?
私たちの場合は CIP 制度制度委員会のトップである日立製作所の IT セクター(現在、デジタルシステム & サービスセクター)のトップと、 DX や DX 人材の定義から合意を取りながら進めました。
―― トップと握る、お手本のような進め方ですね。 では、今日は貴重なお話、ありがとうございました!
(撮影 / 末永 森羅)
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