テックカンパニーにおける新規プロダクトの創り方|SEカレッジ ITフェスティバル2023 開催レポート
2 日間にわたり 9 つのテーマでセッションが行われた 「 SE カレッジ IT フェスティバル 2023 」 から今回は「プロダクト」をテーマとした 「テックカンパニーにおける新規プロダクトの創り方」をレポートします。
DX により、会社で新規事業、新規プロダクトを開発しよう、という動きが加速しています。
ですが、 Dropbox 、 Airbnb 、 Heroku などを生んだ伝説的なベンチャーキャピタル、 Y Combinator の創業者であるポール・グレアムは以下のように話しています。
The odds of getting from launch to liquidity without some kind of disaster happening are one in a thousand.
ローンチしてから IPO や買収が行われるまでに何らかの災難に見舞われないようなスタートアップは 1000 に 1 つというものだ。
出典 (原文) How Not to Die より (翻訳) 死なないために より
この 1000 分の 1 を成功させるためには、どのようにプロダクトを開発するとよいか、数々のプロダクトを成功に導いた 松栄 友希 さん、 Masaki Gota さんをお招きし、「泥臭い」スタートアップの裏側を伺いました。
プロダクト開発に携わる方だけでなく、 DX を推進する方は必見です!
松栄 友希
株式会社 SmartHR Product Manager / 日本 CPO 協会 理事
Masaki Gota
フリーランスプロダクトマネージャー
Product Manager 歴 11 年。現在はフリーランスでプロダクトマネージャーとして活動中。
これまでにソフトバンクで「 MySoftBank 」、 IoT スマートロック「 Akerun 」、 DeNA にて「タクシーアプリ GO 」、メルカリにて新規事業を担当。
大企業・メガベンチャーからスタートアップにて、 PdM として主に新規サービスの立ち上げ・グロースに携わる。
もくじ
スタートアップ・フィット・ジャーニー
―― 新規プロダクト開発の定石のようなものはあるのでしょうか?
顧客のバーニングニーズを探る Customer Problem Fit
―― 製品アイデアが閃いて、 Problem Solution Fit から始める場合も多々あると思います。 どのフェーズからスタートすればよいのでしょうか?
確かに今は、 ChatGPT を使って何か製品を作りたい、というアイデアの相談が多いですね。 そのアイデアから始めてうまくいかなかったときに、「 AI を使ってどんな問題を解決したいんだっけ」「顧客は誰だっけ」とフェーズを遡ることが必要です。
―― 松栄さんは何から始めるのがオススメだとお考えですか?
製品が売れる理由というのは、「誰かにとって必要性の高いものである」ということなのですね。 つまり AI を使って何かしたい、というよりも、目を向けるべきは、誰が、どんな課題を抱えていて、お金を払っても解決したいと思うものを探し当てることなのです。
―― その顧客を見つけるには、アンケートなどで調査するとよいのでしょうか?
最初からアンケートしても浅い回答しか得られず、プロダクトをつくるほどの示唆は得られません。 toB であれば、仕事をしている 10 人に、何に困っていて、それはなぜなのか、まずインタビューして知ることから始めます。
その上で、業種や規模、課題の分類などで属性を狭めて、顧客の解像度を上げる進め方がオススメです。
toC の場合では様々あります。 松栄さんがお伝えしたもの以外に、 Google Form など簡単なフォームを使った β 版のようなプロダクトを用意して、使ってみたい顧客を集める、というやり方なども行っています。
―― toB と toC でも違うのですね。 顧客を見つけた次は、顧客が抱えている課題の発見ですが、ここでは何をすべきでしょうか?
基本、どんな人でも課題は抱えています。
ケーキ屋さんを例にすると、作るときの課題もあれば、仕入れの課題もあるでしょうし、販売や IT の課題もあるでしょう。 顧客を見つけたとしても、たくさんの課題が挙がります。
その中でも一番の根本になっていて、顧客がお金を払ってでも解決したい課題、いわゆるバーニングニーズを探し当てることが必要です。
―― それは難しそうですね
SaaS の場合、 10 社~ 20 社聞いて、ようやく問題の傾向が見えはじめ、さらに 10 社~ 20 社聞いて、やっと問題の根本原因が絞り込める、という感じです。
―― それは大変な作業です。 ちなみに、このフェーズの銀の弾丸のようなやり方は …
自力でしか見つけられないですね(笑)。
「あったらいいけどね」という解決策は売れない Problem Solution Fit ~ Product Market Fit
―― 顧客の課題を発見できたとして、それでもプロトタイプを作り込まないのですよね … ?
作って顧客に聞くというやり方もあるので、ケースによっては作ります。 ただ作らないほうがセーフティです。
“作る” 内容にもよります。 パワーポイントの資料やデザインなどは作りますが、動くプログラムは作りません。 できるだけミニマムに作って、顧客のヒアリングに時間をかけ、仮説検証のサイクルを速くし、何度も回数を回す、ということのほうが大事ですね。
資料やデザインであれば 1 ~ 2 時間で修正できますが、動くプログラムにしてしまうと、直すのに 1 週間かかることもしょっちゅうですから。
―― スピードが全然違いますね。 他に、この Problem Solution Fit のフェーズで気をつけることはありますか?
顧客に解決策をヒアリングしているときに、「あったらいいね」という反応なら NG です。 Customer Problem Fit まで戻りましょう。 あってもいいものは売れません。
「これができるなら絶対買うよ」じゃないとダメです。
―― あると便利かもね、という反応でも?
「あったらスグ買う」じゃないとダメです(笑)。
Nice to Have よりも Must じゃないとダメですね(笑)。
―― なるほど、 Must とはわかりやすいですね。 その Must をもとに次の Solution Product Fit では具体的に何をするのでしょうか?
いよいよ製品開発のフェーズで開発者が入ってきます。 ただしミニマムに作って検証を繰り返すことは変わりません。
例えば、ノーコードツールなら 1 日~ 2 日でちょっとしたアプリのようなものが作れます。
Masaki さんがおっしゃる通り、これまでは 1 人~ 2 人で行っていたのが、このフェーズで人数とグッと増えます。 そうすると、人によって認識が違うということが発生し、思っていたものと違うものができた、ということが起こります。
そこで、今はどんな仮説をもっていて、どんな検証をしているのか、チームで同じ解像度を持つことが必要です。
―― たしかにチームビルディングには混乱期がありますものね。 その混乱期を乗り越え、製品開発 <-> 検証を繰り返して、 PMF (Product Market Fit) で市場に出せるようになると …
実は PMF より以前のフェーズで市場に出ている製品が大半です。 PMF までは、よく岩を山に上げるようなメージで例えられるほど大変ですが、 PMF 後はその岩が坂道を勝手にゴロゴロくだるように問合せがくるイメージです。
PMF 前はがんばらないと売れない、という状態だったものが、 PMF 後は「使いたい」という問合せに対応しきれない状態になるぐらい、違いがあります。
プロダクト開発における頻出用語「解像度」とは??
―― ここまでのお話で新規プロダクト開発のフェーズはよくわかりましたが、その中で “解像度” という言葉がよく出てきます。 本来は画像をどれだけ緻密に表現できるか、という意味で使われますが、プロダクト開発においては、どのような意味を持つのでしょうか?
「解像度を上げる」(馬田 隆明 著 英治出版 刊)という書籍が昨年出版され、スタートアップの界隈で注目されました。
ペルソナづくりを例に簡単に説明すると、「 40 代、女性」では “解像度がとても荒い” ペルソナです。 それだけでなく、「 40 代、女性、東京都の郊外在住、住まいは建売り、子どもは 1 人で男の子、趣味は … 」というのが、 “解像度が高い” ペルソナです。
特に toB では解像度がとても重要です。 先ほどと同じくケーキ屋さんを例にすると、インターネットで業務の流れを調べただけでは、とても荒い解像度です。
材料の仕入れ業務一つとっても、仕入れの頻度は? 一回の仕入れ量は? 注文方法は? バレンタインなどの行事などの需要予測との見合いは? と掘り下げられます。
ここまで掘り下げて、ようやく解像度が上がります。 そして解像度が上がって初めて、ソリューションは「注文方法の FAX を代替するのか」、「需要予測から最適な仕入れ量をサジェストするのか」とわかってきます。
テックカンパニーやスタートアップでなければプロダクト開発はうまくいかないのか?
―― 今度はテーマを少し変えます。 こういったプロダクト開発を行える企業はテックカンパニーやスタートアップでなければできないのか、一般の中小企業でもできるのか、というテーマです
新規プロダクト開発の企画に特殊な能力は必要ありません。 それよりは、それが許される環境であり、プロダクトマネージャ本人の意志の強さもあることが重要です。
例えば、これまで触れたように、プロダクト開発には顧客ヒアリングがたくさん必要ですが、会社もそれを理解し、許容する度量が求められます。 その理解と度量がなく、「ヒアリングは 3 日で出来るよね」という条件をつけてしまうと、どんな人でも失敗します。
新規プロダクト開発では、会社にも何にどれだけ時間がかかるかや、作り直すことが悪ではない、失敗と言っても一つの仮説が外れただけで前進なのだ、といった認識が求められます。
―― では、会社が新規プロダクト開発をサポートする場合、まず何から始めるようアドバイスすべきでしょうか?
そもそも新規事業、新規プロダクトは 8 割 9 割失敗します。
そんな中でも、少数の成功している人の共通項は、一番最初の顧客の解像度が高いことです。 自分もたくさん失敗して、結局 Customer のフェーズまで何回も戻った経験があり、感じることです。
まったく同感ですね。 私が担当していたタクシーアプリ「 GO 」でも、タクシー会社さんに許可をもらって、事業責任者と一緒に朝 5 時の点呼前から伺い、洗車をして、朝礼にも立ち会い、一日中タクシーに同乗して、利用客をつかまえる様子を見たり、タクシーメーターの精算、事務処理側の集計まで見学しました。 そうして初めて顧客の解像度が高まったということがありました。
ちなみに、顧客の解像度を上げる作業は、自分でやらないとダメです。 営業などが集めたものでは、顧客の顔色、声などからわかる温度感、熱量がわかりません。 伝言ゲームをしている間に重要な要素が薄まってしまいます。
―― 解像度を上げるのにこれだけ泥臭く顧客に入り込んでいたとは知りませんでした。 あと、会社で新規プロダクト開発を始めるとなると、組織も気になるところです。 人数はどの程度から始めるとよいでしょうか?
1 人や 2 人で OK です。 会社としても人数をかけると、コストも期待値も上がってしまいます。 これならいける、という Solution Product Fit から増員する、という広げ方がよいと思います。
価値の「値段」を早めに考えよう
―― 最後のテーマとして、これまでも失敗例が出てきていますが、新規プロダクト開発で陥りがちなミスを伺えますか?
落とし穴だらけで選ぶのに困りますね(笑)。 … 一つ挙げるとすると、ビジネスとの連携は失敗しがちであるということですね。 プロダクトマネージャは開発者出身が多くビジネスのことがわかってない、反対にビジネスはプロダクトがわかっていないというケースが多く、共通認識をもって仕事に取り組むことができないことが多いですね。
―― 先ほどのペルソナの例でいうと、ビジネス側としては「 40 代、女性」という大きなマーケットでも売れるものにしたいと思ってしまいますものね
それ自体悪いわけでなく、問題は組織内で折り合いがついていないことで、今はどこを目指しているのか、という認識が、個人間だけでなく職種を超えたチーム・組織で合っていることが必要です。
“認識合わせ” という点では、価値のプライシングもとても重要です。
例えば、コストダウンに繋がるプロダクトであれば、そのコストダウンできる金額以下に価格を抑えなければなりません。 その顧客単価をもとに予算から逆算してみると、顧客数が圧倒的に不足していることが発覚、といったケースは起きがちです。
Problem Solution Fit ぐらいの早いフェーズから、例えば、中小企業向けなのか、大企業向けなのかを明確にしたいですね。 大企業向けなら豊富な機能が必要になり、開発期間もコストもかかる、といったことを考える必要がありますからね。
―― そんな解決策が決まっていないような段階で、そこまで売上を意識しないといけないのでしょうか?
スタートアップはお金が限られているからこそ必要ですね。
―― おっとそうでした。 運転資金がある間に PMF までいかないとショートしてしまいますものね。 ほかに気をつけることはありますか?
よく陥る問題として「プロダクトマネージャが抱えすぎる」問題があります。 知らないことだらけで動けないという状態になり、「解像度を高めるために半年かけます」などの行動をとりがちです。 それではまったくスピードが足りません。
そうではなく 2 週間などの期間を切って、周りのメンバーにもヒアリングに同席してもらって、別視点のフィードバックをもらうなど、 “抱え込みすぎない” “時間を使いすぎない” 工夫が必要です。
―― たくさんのアドバイスありがとうございます。 では、最後に新規プロダクト開発で一番重要なポイントを教えますか?
一つに絞るのが難しいのですが、リーンに、アジャイルにやろう、ということですね。 開発者向けの用語として有名ですが、開発者だけでなく、ビジネスも含めたチームもスクラムを組んで、リーンに、アジャイルに動きましょう。
簡単に言うと、想いがあること、諦めないことです。 正解がなく、やり続けた人が正解になる、という世界でもあります。 仮説の間違いを受け入れて、どれだけフェーズを戻って作ったものを捨てたとしても、続けている限り、新規プロダクト開発は続くのです。
誰がやっても泥臭く、失敗して、進んだり戻ったりするものなので、自分の信念をもって諦めずに進んでください。
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フレームワークのように知られている「スタートアップ・フィット・ジャーニー」というものがあり、それがこの記事でまとめられています。
この記事にもある通り、新規プロダクト開発はフェーズがわかれていて、さらに順番があります。
この中でも、よく知られているフェーズに、 PMF (Product Market Fit) という開発した製品が顧客と市場に支持され、あとはセールスすれば伸びるというフェーズがありますが、実はこれより前のフェーズがたくさんあります。
このフェーズを意識して、チームがいまどこにいるか、共通認識を合わせることが大事です。