ジョブ型人事制度とスキル可視化で育成は新時代へ。 富士通が従来の社内資格制度をやめた理由
社内資格制度を取り上げるシリーズのラストは 富士通 さまです。
富士通の社内資格制度というと有名なのが FCP (Fujitsu Certified Professional) 制度です。 FCP 制度は 2002 年に導入され、 20 年近い歴史がある制度です。 他社からも参考にされ、 IPA からも ITSS の導入事例として取り上げられるほどでした。
その伝統ある FCP 制度が廃止されました。
なぜ富士通は FCP 制度を止めたのか、その理由に加えて、話題のジョブ型人事制度の導入など、たくさんの新しい人事・育成施策を進める真意を、人材開発部 山田 竜輔 さまにインタビューして参りました! そこには DX 時代の新しい育成のあり方が伺えました。
ぜひ、ご覧ください!
富士通 株式会社 ビジネスマネジメント本部 人材開発部 シニアディレクター
DX の時代になり FCP 制度は次なるステップに進む必要があった
―― 歴史ある FCP 制度を廃止されました。 非常に惜しいと界隈で言われるほどですが、なぜ止めたのでしょうか?
―― なるほど、役割を終えたということですね。 では、富士通が向かう方向と FCP 制度はどのように異なってきたのでしょうか?
従来の SI であれば、お客様の IT 部門から顕在化した経営課題をもとに「こういうシステムを作りたい」という要求をもらい、それを SI して確実に作り、長く使われることが富士通の価値でした。
その価値を生み出す上で、確実にお客様の要求に応えられる人材を育成する仕組みとして、 FCP 制度はとても有効でした。
これが DX になると、お客様の経営層等と一緒になって、お客様すら気づいていない潜在的な課題の発見から案件化して、仮説検証 → 解決まで進めるようになり、求められる役割が大きく変わってきています。
このため、今までの FCP 制度だけでは中々育成が間に合わなくなってきました。
―― 「 DX には多様性が必要」と言われます。 ただ、そもそも、これがあまり私にはピンとこないのですが、なぜ必要なのでしょうか?
以前に日経新聞でも発表された「リスキル」のニュースもあって、「富士通、なにしてるの? 話を聞かせて」と人材育成の相談が持ち込まれるようになり、人材開発部がお客様先に同行するケースが出ていています。
これは従来の IT 化の中心であった IT 部門だけでなく、 DX 化の中心となる経営層との相談が増えたことも関係しています。
FCP 制度の尺度では、このように “お客様に同行する人材育成担当者” は測れなくなってしまったのです。
―― 非常にわかりやすい実例をありがとうございます! 人材育成担当者でかつお客様に同行できる人材はどんな尺度を持ってしても測れませんね(笑)。 本当に多様な人材が必要になることがわかりました!
もちろん、それだけが FCP 制度を止めた原因ではありません。 “プロ認定者” の増加に伴い、制度疲労も起こっていました。それを起こした理由の一つに FCP 制度を人事制度と紐づけていなかったことが挙げられます。
―― 人事制度と紐づけしないがゆえの自由さもあるように思いますが …
もちろん最初はプロ認定者が少なかったので、相応の仕事もあり、そのメリットを享受できました。 しかし、運用年数を重ねるごとにプロ認定者が増えます。その一方で、プロに見合った仕事が定義されていた訳でもなく、プロならではの業務にアサインされる訳でもない、という状況が発生しました。
また、社内独自の認定制度であるが故に、市場から見た客観性の担保も難しくなってきた、という問題もありました。
それを見た若い世代たちが、プロになることへの疑問を持ち始め、プロをあまり目指さなくなってしまったのですね。 そんな状況が見受けられるようになってきました。
ジョブ型人事制度と「スキル可視化」の関係
―― ジョブ型人事制度への移行についても伺いたいのですが、それと同時に「スキル可視化」の仕組みも導入されたと伺いました。 そもそもなぜ「スキル可視化」なのでしょうか?
本当にたくさんの理由があります。 ここではその中の一つとして富士通が DX を推進するにあたって、人材育成の観点からも必要だったという一例を紹介します。
―― DX の推進に必要 … ですか?
弊社の新しい事業戦略ブランドとして Fujitsu Uvance をスタートしたときに、 Uvance 組織は従来の業種/業務軸(縦割り)からオファリング軸(横串)に変更しました。
そうなった時に、どこに、どれだけのスキルや経験を持った人がいるかわからないというような状況が発生しました。 様々な社員を適所に配置していくために、また、個人がしっかりと成長していくために、それぞれのスキルや経験を可視化する必要が出てきたわけです。
―― なるほど、当時の富士通ならではの背景があったのですね。 では、ジョブ型人事制度によって何が変わるのでしょうか?
ジョブ型人事制度によって「適材適所」から、「適所適材」に変わるという説明をよくしています。 今までは人に合わせて仕事を決めていましたが、これが逆になります。
―― 逆になると、どのようなことが起こるのですか?
ジョブ型人事制度では、まず部署のミッションを決め、そのミッションの達成からブレイクダウンして必要なジョブが定義されます。
今年 3 月までにジョブやそれに伴う制度の整備も終わり、 4 月から一般社員にも本格導入したところ、所属人数に対してジョブが不足したり、ジョブに見合わない人がいたり、もちろん、その逆の状況も起こりました。
―― な、なんと、部署のミッションに対して、人材の過不足が可視化されるような状況が発生するのですか。 かなりドライなことが起こるのですね …
そうすると必然的に人材が流動することになるので、ジョブ型人事制度を支える仕組みとしてポスティング制度(ジョブに自己応募できる制度)も導入済みです。
こうした動きが起きているので、そのジョブに自身が見合うスキルかどうかを判断する、スキル可視化の動きが必要となるのは必然と言えます。
このように新しい育成の仕組みを複数、同時に導入しながら、走りながら考えている状態です。
―― そんな大きな変化は、個別に小さくやってから大きく、というのが定石だと思うのですが、なぜ一斉導入を?
それぞれを別々に導入すると、個別最適となり全体の整合性が取りづらく、リレーションを取るためのパワーがとても掛かってしまいます。
―― なるほど、導入より、それからどうフィットさせるかのほうが重要なのに、個別導入すると、ずっと導入することになってしまいますね。 ERP の導入に近いものを感じます
現場からは様々な声があがっていますが、丁寧に背景や導入の考え方を説明しています。
―― まさしく “走りながら考える” 状態ですね。 一方で、スキル可視化についてですが、入力工数は馬鹿にならないですよね
肝は常にスキルを社員が最新化し続けることですので、スキル情報などを入力するモチベーションが湧くように工夫しています。
最新化するとポスティングでどんどん新しい仕事にチャレンジができたり、アサインされる = キャリアとスキルが身につく、という設計にしたいと考えています。
そして、入力すると 自身の “市場価値” もわかるようにしたいと思っています。
―― “市場価値” ! なぜ市場価値を取り入れたのでしょうか?
さきほどお話した通り、ジョブ型人事制度を導入したことによって人材は流動化します。 これは社内だけでなく社外も含まれます。
DX で生まれる多様なジョブには社外からの人材流動、つまりキャリア採用も必要になるので、物差しとしては客観性が担保できる社外標準が必要でした。
この社外標準の導入に伴い、市場価値も算定できるようにしました。これにより社外への転身を含め、社員のキャリアアップを支援できるようにしています。
―― スキル可視化に向けて、ほかに工夫された点はありますか?
今の若手は、研修などを検索せずに「インフルエンサー」を見て、情報を仕入れ、学んでいるという話を、ある会議で若手から聞いたことがありました。 この点は、我々頭の固い年代からすると新しい気づきであり、今回工夫をしました。
色々な人のスキルを可視化できることにより、各自が成長のモチベーションとなるような機能を加えようと考えています。
その構想を進める中で、スキル可視化の一つとして新しく、社内外で公開できる「バッジ」も取り入れようとしています。 オープンバッジと呼ばれるもので IBM や Microsoft などでも取り入れられていて、研修履修の証や資格取得の証として発行されています。
―― 「バッジ」とはまた新しくてカジュアルな “証” ですね!
富士通でも最初は研修の履修の証としてバッジを活用していこうと思っていますが、さきほどの若手の発言にもあるように、バッジについても杓子定規に考えるとダメだと考えています。
―― 例えば、どのようなバッジがあるのでしょうか?
今、発行されているものでは富士通のバリューを伴った行動や、特定プロジェクトへの参加などに対しても発行しています。
ただ、それだけでなく、社内には自由で多様なバッジがあったほうがよいと個人的には思っています。 バッジは “証” だけでなく、オープンや横のつながりを作るコミュニケーションツールにもなると思っているので。
―― バッジがコミュニケーションツールにもなるのですか?
試験的にバッジを発行したところ、同じバッジを持っているということで初見でも親しみをもって話せたり、チャットツールや Web 会議の背景にバッジを載せていると、そこで話が広がったりといった話を、バッジホルダーから聞いています。
トライアルとしても 8 割ぐらいの方がバッジの継続を望むという成果が出ています。
―― こういったバッジも含めて、スキル可視化システムでどのように育成を進めるのでしょうか?
私、個人としてはバッジで “食べログ” のような世界観を実現したいと思っています。
―― なるほど、そういう世界観ですか!
そう、レビューサイトではレストランが「ウチの店、美味しいよ」とは言わないですよね?
レストランの食事を食べた人がレストランの価値を共有しているのです。
スキル可視化システムでも同じように、バッジなど周りからの共有情報を通じて、その人の価値が伝わるようになる、そういう世界を実現したいと考えています。
「あのジョブについている人はみんな、このバッジを持っているな。 このバッジは何だろう」となってスキルを身につけようとしたり、ポスティングやアサインでも募集側から「この人ならカルチャーマッチしそうだから一緒にやりたい」と思えたり、そんなシーンが現出されるといいですね。
だから、通り一遍に管理側がバッジを発行するのではなく、レストランの多種多様なレビューと同じで、現場が好きなバッジを作って、好きなバッジで評価できる世界が実現できたら楽しいな、と思っています。
大量にバッジが発行されるかもしれませんが、使われないバッジは自然と廃れるでしょうし、当然、新しいバッジも生まれるでしょう。
―― そうなるとスキルやキャリアの作り方も変わりますね
ええ、キャリアオーナーシップは社員自身になります。
FCP 制度は用意された階段を確実に上がる仕組みでしたが、新しい仕組みでは「こんなジョブだけど、できる人は手をあげて」と募集がでると、年次に関係なく、スキルがあるなら 2 年目でも応募できます。 また、できるようになるために自分で学ぶようになります。
ジョブと、目標とするタレントのスキルが見えることで、育成のスピードは急激に上がります。
―― これは新しい! まさしく DX ですね!!
ジョブ型という本質的な考えの下、 DX 人材を育成しようとしたときには、 SI のときのように “じっくり腰をすえて 10 年~ 15 年かけてプロを育てる” では間に合いませんから。
そう考えると、 DX では成長と、そのスピードアップは非常に重要になります。 自助努力だけの成長スピードでは間に合わなくなってきたと考えています。
―― なるほど、成長しないとジョブにつけないのですから、成長とそのスピードはとても重要ですね
ただし、まだまだ課題はあります。 「部署の費用をつかって成長して、ポスティングで羽ばたいてしまう」と考える現場がまだまだ多いのが現実です。 このため、投資という考え方に変えていくことが重要です。
―― うっ、確かに。 それは現場では一番ツラいものですね。
そこで、個人の成長や、上司から見た現場での部下育成もしっかりと評価項目の中に組み込みました。
この考え方がしっかりと根付くと、制度から始まった「成長する・育てる」ということが、やがて当たり前になり、会社の文化になると思っています。
―― 育成の主体がどんどん変わるのですね!
そうですね。 ちなみに、今のわたしの究極的な最終目標は「自分で育つ」「現場で育てる」ことが進んで、人材開発部が開店休業状態となり、発展的解消をすることです(笑)。
DX 人材育成のアンチパターンは「人材像から考えること」
―― 人材開発部の仕事がなくなることが目標とは面白い(笑)。 いつまでも山田さんの世界観をお聞きしたいところですが、時間が迫ってきました。 最後に DX 人材育成に悩むトレタンにアドバイスがあれば伺えますか?
すごい難しいことを言いますね(笑)。 富士通も悩んでいるところです。
まず DX で何をするのか、これを決めるのが本当に難しい。 この何をするのか決まらないときに陥ってしまうのが “人材像” から入ってしまうことです。
―― 耳が痛いところです。 確かに “人材像” を揃えるところからスタートしたくなります
何をビジネスにするのか決まっていないのに “人材像” だけを追求すると迷走します。
まずビジネスありきで、その上でビジネスフォーメーションや人の役割が決まります。 逆からは決まらないのですね。
これは富士通でも起こりました。
やはり、事業戦略ありきで、そこから “人材像” に落とすことが重要だと思います。
―― 苦しい経験からのアドバイス、ありがとうございます! 今日は貴重なお話、ありがとうございました!
ありがとうございました!
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まず前提となりますが、 FCP 制度や社内資格制度そのものを否定するものではありません。 あくまで富士通の向かう方向と異なってきたために、その役目を終え、発展的解消をした、ということです。