三好康之が聞く!入社式前日に決まった新人研修オンライン化プロジェクトの舞台裏 ~株式会社野村総合研究所

そしてこの日を境に、日本は自粛に向かいます。
企業も例外ではありません。大人数が集まる集会等も自粛を検討しなければならず… 1 か月後には多くの新入社員を迎えるために準備を進めていた人事部や人材開発部でも、入社式やその後の新人研修をどうするのか?その検討を余儀なくされました。
「あと 1 か月…」
「自粛要請中に、新人研修でクラスタを出したら…」
何かあれば、 IT 企業なのになぜリモートにしないのか?と言った声があがるのも容易に想像が付きます。しかし残りは 1 か月しかありません、この危機を企業はどう乗り切ったのでしょうか?
人材育成では定評のある、株式会社野村総合研究所( NRI )さまに、人気著者であり講師でもある三好康之さんがインタビューしました!
社名 | 株式会社野村総合研究所 |
従業員数 | 6,353名(単体) |
事業概要 | コンサルティング、金融 IT ソリューション、産業 IT ソリューション、 IT 基盤サービス |
会社紹介 | SI 事業を行う企業の中で圧倒的な収益力を誇る。その先見性と人材育成力と実行力に定評。 |

人材開発部 グループマネージャ
NRI グループの若手社員育成チームおよびグローバル人材育成チームの担当マネージャ

人材開発部
NRI グループの若手社員育成チームリーダ。新入社員研修の企画・運営を統括として実施
(インタビュアー: 三好康之)
もくじ
3ヶ月間のビジネス系/システム系の新人研修
― 当初予定していたのは、当然、対面研修ですよね。
新人研修カリキュラム
- 4 月 1 日~ 23 日
- ビジネス系研修
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- 講話(役員講話など) 1 日
- ルール(セキュリティなど) 2 日
- ビジネススキル 10 日
- グループワーク 4 日
- 4 月 24 日~ 7 月 3 日
- システム系研修
入社式の前日に急遽オンラインでの実施が決定
― それが、最終的にはオンラインで実施したのですよね。
はい、そうです。オンライン研修に決まったのは、入社式の前日、 3 月 31 日でした。急きょ翌日の入社式も中止し、人事手続きやパソコンなどの貸与だけにして…そこで新入社員にも、 4 月 2 日からの新人研修をオンラインで実施する旨を通知したのです。
独自にオンライン研修の準備を開始
~成功の鍵は “リスクマネジメント” と “自分で考えて行動する原点” ~
― 本当に直前だったんですね。でも、そんな短期間で、どうやってオンライン研修の実施に転換できたのですか?
そうですね。この新型コロナウイルス感染症が話題になりだした 2 月の中旬ぐらいから、いろいろな可能性を考えて準備を開始しました。具体的にはこのような感じです。
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2 月中旬
- 対面研修が実施できなくなる可能性があると考え、独自に準備を開始
- 研修会社に対して、可能な対応策(オンライン研修や e ラーニング提供の実績等)やキャンセル料、他社の動向等を確認
- 新人育成の情報交換をしている人たちに連絡を取り、他社の状況について情報収集を開始
- 新入社員研修を担当するチームメンバーとともに、オンライン研修に関するセミナーへの参加
- Zoom によるオンライン研修に関するセミナーへの参加
※ブレイクアウトセッションを体験し、 Zoom を活用したオンライン研修の可能性を感じる - ポケット Wi-Fi のレンタルと、 PC 持ち帰りの手配を開始
※今後、在庫が無くなったり、手配に時間がかかると予想し、ポケット Wi-Fi は早めに準備をする - 受講者を複数の部屋に分けて密度を低くする対策を講じた上で、対面での新入社員研修を行うことが決定
- フォスター(新入社員研修のクラスを運営する先輩社員。クラスの担任の先生のような存在)や外部から来た講師を新型コロナウイルス感染症の感染から守るために、新入社員とは異なる部屋からの講義の配信や、講義のビデオ化を行うように変更
- 但し、個人的には新入社員を集めるべきではない、オンライン研修に切り替えるべきだと考えていたので、並行して次のような準備も始めて、いつでも切り替え可能なように備えておく
- Zoom を活用したオンライン研修
- 別部屋からの配信準備を通じて、配信やビデオ化について学んでおく
- 講義のビデオ化はあらゆる状況への備えになる
2 月 25 日
2 月 27 日
3 月 2 日
3 月 4 日
― こう見るとすごいですね。常に先手先手です。これも一つのプロジェクトですから、まさに「先を読んで、それに備える」というリスクマネジメントが行われていたというわけですね。
私も河越も、システム部門の出身であり、相応の規模のプロジェクトのマネジメント経験があります。プロジェクトでは、開始時にリスクを見極め、それに対してどのような準備が必要かを考えておかなければなりません。
その経験や知識が、今回のオンライン研修の準備に活かされたと思っています。 3 月上旬の時点では、世の中がどうなってしまうのか先行きが見えず、判断が難しい状況でしたからね。会社は慎重な判断が求められる中、検討を続けていましたので、このようなときは、個人でできることはそれぞれがやっておこうと考えていました。これはマネジメントではなく、基本的な仕事の進め方として、皆身についていました。
会社の判断が下ったときには、すぐその方向で動けるようにしておくべき、そうしないと後手後手でバタバタすると考えて、自分の判断の下、個人でできる準備を常に考えていましたね。
対応が後手に回ってしまったかなと思ったら、まるで魔法のように(笑)河越がオンライン研修を立ち上げました。
― (笑)
厳密にタスクを洗い出すといったことはしていませんでしたが、会社の方針の真意を読み取って「どうあるべきか」を自分なりに考えていると、結果的に会社の判断を先取るような形になりました。
中止するという選択肢はなかった。それが NRI の文化
― そういった環境下では新入社員研修を取りやめる、という選択肢もあると思いますが?なかったのですか?
当時、新入社員を研修なしで、そのまま現場に配属するのはやめよう、ということだけは決まっていました。人材開発部としても「社員の学びを止めない」ということがミッションなので、「研修なし」という選択肢は端からありませんでした。新人研修以外も含め、直近 5 年間で研修を中止したのは、講師の急な体調不良の 1 回だけです。
私も新入社員を守りたい、新型コロナウイルス感染症によって新入社員研修が止まらないようにしたいという思いは強かったですね。
― そう言えば思い出しました。私はずっと御社で試験対策をしていたことがあるのですが、何があろうが開催していました。きっと御社の文化なんですね。

仕事の進め方 ~依頼する相手に強みを活かし、楽しんでもらう方法~
― 先を読んで、どの方向になっても大丈夫なように備えておくということはわかりました。ただ、これ全部をお二人で準備したのですか?この短期間に。
いえ、まさか。いろんな人を巻き込んで、いろんな人に手伝ってもらっていました。例えば Zoom に関しても、チーム内に Zoom によるオンライン研修に興味を持っているメンバーがいたので、そのメンバーを「 Zoom 化推進隊長」に任命して、その部分を任せました。
― 仕事を振るのが上手いんですね。これも優秀なプロジェクトマネージャに共通する要素ですよね。
私自身、ちょうど「ストレングスファインダー(※ 1 )」を勉強していたこともあり、強みを活かせるよう、相手によって仕事の内容や頼み方を変えています。いかに相手のやる気スイッチを入れるかという意識はありますね。先の「 Zoom 化推進隊長」の例や、フォスター統括とのやりとりなどで有効だと感じています。やっぱり、仕事を依頼する相手にも楽しんでほしいですからね。
※ 1 ストレングスファインダー
弱みを克服するよりも、その人の強みを活かしていこう、というメソッド。 177 問の質問に答えると、 34 の資質から、自分の強みは何かを見出すことができる。
私が「ストレングスファインダー」の認定コーチであることもありますが、新入社員にも自分の資質を理解し、強みを活かしてもらいたかったので、「ストレングスファインダー」のセッションを実施しました。
― それにしても、皆さん “新たな挑戦” に対して前向きですよね。いい意味で楽しんでおられたのでしょうか?
そうかも知れません。例えば、研修開始直後にそれぞれのフォスターに所属部署の部長から届いたメールが、部署が異なるにも関わらず、いずれも「厳しい状況の中で、創意工夫でやりきることができる、せっかくのよい機会なので、ここでノウハウを蓄えてくるように」という内容だったそうです。
また、人材開発部にも「フォスターと一緒にノウハウを蓄えてほしい」という励ましの連絡があり、非常に前向きに協力してくれました。
私も、メンバーと「せっかくだから、楽しみながらやろう」「失敗してもよいから、いろいろ新しいことにチャレンジしよう」と話しながら準備をしていたことを覚えています。 Zoom のブレイクアウトルーム機能を 180 名のセッションで試した時も、誰も試したことがないことだったので、楽しみながら取り組んでいたことを覚えています。
実際にオンライン研修をやってみてわかったこと
― 実際に、オンライン研修を行ってみてどうでしたか?
当時は、これまでの対面研修を Zoom でどのように行うかを考えることで精一杯でした。そのため、 60 分間ただ講話のビデオを流すだけ、といったこともありました。でも、もしもう一度オンライン研修を行う機会があったとしたら、改善したいところはたくさんありますね。次は、もっとうまくやれると思います。
オンライン研修の開催や各種セミナーを通じて得たノウハウの一例
- 15 分ごとにワークを挟む
- 休憩は 10 分ではなく 15 分にする
※オンライン研修の方が、対面研修よりも(出席者が)疲れやすいため
当初は、多少の接続トラブルがありましたが、都度、フォスターの尽力のおかげで解決できました。研修コンテンツ(フォスターや外部の講師の講義)は安定した通信回線が用意された場所から配信するなど様々に工夫していました。また社内、グループ会社のテクニカルエンジニアたちの多大な協力もあり、先手先手で課題を解消してもらえたので、その後は目立ったトラブルは発生していません。
とはいえ、今回のオンラインでの新入社員研修は、 NRI のプロジェクトとしては準備が万全だったとは言えません。そんな状況にあって、オンライン研修を成功させることができたのは、フォスターや外部の講師、それに新入社員のがんばりによるものです。
― そうなんですね。新入社員にも混乱はなかったんですね。
ポケット Wi-Fi の接続トラブルなどもあり、 4 月 2 日の 9 時に全員が揃っていたわけではありませんが、最終的には全員がオンライン研修に参加しています。接続トラブルの解決は、フォスターや運営スタッフの尽力のおかげで解決できました。
ロックダウンの可能性があるという情報が 3 月 30 日に流れていたため、人事部採用課から新入社員へ、 PC を持ち帰るためのカバンを持ってくるようアナウンスしてもらい、人材開発部では PC とポケット Wi-Fi を持ち帰ってもらう準備と、 PC セットアップ手順書、研修受講手引を用意しました。研修受講手引は混乱しないように、最小限の情報にとどめ、 1 枚に集約しました。
PC とポケット Wi-Fi は、 4 月 1 日に行われた入社手続きの際に新入社員へ渡され、あわせてフォスター統括からフォスターへオンライン研修に関する説明と、 Zoom の使い方に関する指導が行われています。
後はそうですね。例年、新人研修の期間は新人同士や、先輩との懇親会などがあり、飲み過ぎて翌日出席できない新入社員が数名必ずいましたが、今年はオンライン研修だったので、そのようなことはありませんでした(笑)。
また、自宅からの参加だったので、電車で寝過ごしてしまったり、電車が止まってしまったりして遅刻してしまう新入社員もいませんでしたね。
― では、総括として新入社員研修のオンライン化によって、諦めなければならなかったことや、妥協したことはありましたか?
基本的には、オンライン研修だからといって、何かを「捨てる」という発想はありませんでした。
一部スケジュールの組み替えなど形が多少変わったものはありましたが、 9 割以上のプログラムを実施しました。また、今年は研修コンセプトを「学生から社会人へのギアチェンジ」から「自立・挑戦・共創」へ変更しました。
フォスターがこのコンセプトを理解して、上手に対話の中で促し、新入社員はそれぞれ視座を高めた、大胆でかつ、達成するには工夫と努力が必要な目標を設定していました。この目標設定が腹落ちできていれば、自立が促せますからね。それを狙ったのです。

一方で、新入社員に対して「自立・挑戦・共創」と言っているのだから、自分たちもやらなければ、新入社員はもちろん、人は動きません。そう思って、はじめての試みとなるオンライン研修に挑戦しました。
また、「基礎知識と能力を身につける」と言っている以上、人材開発部がそれを可能にする場を提供しなければなりません。そのためには、オンライン研修であったとしても例年と同様の研修を提供しなければ、という強い思いもありました。
― なるほど。そういった「やってみせる」というのもマネジメントでは重要になりますから、それも影響しているのですね。ちなみに、新入社員研修以降の研修もオンラインで実施されるのでしょうか?
8 月から開始される、 NRI の入社 2 ~ 6, 7 年目までの社員を対象にした研修でオンライン化が決まっています。新入社員研修で培った Zoom によるオンライン研修のノウハウが活用されるほか、新入社員研修では使えなかったツールも利用する予定です。
オンライン研修の実施について、現場への説明会を実施しました。説明会は Zoom を使って行い、現場の育成担当者に参加してもらったのですが、育成担当者の大半が Zoom については知っていたものの、そこで紹介した機能については知らなかったようです。
その説明会をきっかけに「 Zoom についてもっと知りたい」という声が上がり、前述の「 Zoom 化推進隊長」が社内で 5 回にわたって Zoom 勉強会を開催し、多くの社員が参加しました。彼は「 Zoom マスター」として、社内の各種イベントに駆り出され、活躍しています。
― やはり社員の方々も好奇心が旺盛ですね。
では、本日は長時間に渡り、ありがとうございました。
ありがとうございました。

株式会社エムズネット代表。 大阪を主要拠点に活動するITコンサルタント。本業のかたわら、大手IT企業のITコンサルタント、プロジェクトマネージャやITエンジニア向けに、資格対策研修やプロジェクトマネジメント研修などを実施している。
保有資格は、情報処理技術者試験全区分(累計30個、内高度系23個)をはじめ、IT コーディネータ、中小企業診断士、技術士(経営工学)、販売士1級 など多数。
- オフィシャルブログ
- 「自分らしい働き方」Powered by Ameba
- 主な著作
- 情報処理教科書 プロジェクトマネージャ(翔泳社刊)
- 情報処理教科書 データベーススペシャリスト(翔泳社刊)
- 情報処理教科書 高度試験 午後Ⅰ記述(翔泳社刊)
- ITエンジニアのための【業務知識】がわかる本(翔泳社刊)
もちろんです。今年の新入社員は 450 名なので、最大 60 名ずつ 8 クラスに分けて、 3 か月間の対面集合研修を行う予定でした。